妹「タリスマンが描けたにゃあ」
A4のコピー用紙に、油性ペンでチロチロ描かれたタリスマンとやら。
本当にこんなので悪魔を呼べるのだろうか。
…というか、いまだに赤魔術とやらを信じることができない。
兄「そのにょろにょろした文字とか絵で、何がかいてあるんだ?」
妹「デーモン様きてください私は清い心を持った人間です。どうかお願いします。お願いします」
妹「…みたいにゃ事が延々切々と描かれているにゃ」
兄「ふーん」
兄「清い心ねぇ」
兄「なるほどなるほど」
妹「にゃにが言いたいのか、なんとにゃく分かるにゃ」
妹「いちいち嫌味ったらしいお兄ちゃんは、私の清い心で許してあげるにゃ」
兄「…妹は、そのデーモンとやらに会ったことはあるのか?」
妹「一応初級術士の資格もってるのにゃから」
妹「デーモンさんと会って、簡単なお願いを聞いてもらわないと、初級術士にはなれないのにゃ」
兄「へぇー」
妹「それに、デーモンさんは清い心の持ち主じゃないと会ってくれないにゃ」
妹「だから、私がデーモンさんに会ってる時点で、私の心はそりゃもう清いのなんの」
兄「じゃあ、俺ならデーモン100匹は呼べそうだな」
妹「その傲慢さがすでに汚い心を証明してるにゃ…」
兄「…どうも、すごいのかすごくないのか分からんな」
妹「そうなのにゃ?」
兄「…本当のところ、まだ信じられないんだ」
兄「赤魔術なんて、やっぱり詐欺商法で」
兄「デーモンやデビルなんて存在しないんじゃないか」
兄「ネコミミも、本当は良く出来た作り物なんじゃないかって」
兄「…やっぱり、よくできた夢なんじゃないかって」
兄「どうしても、思っちゃうんだ」
妹「心配しなくても、すぐに赤魔術が存在する証拠を見せてあげるにゃ」
兄「…なぁ」
妹「なんにゃ?」
兄「なんで、赤魔術を習おうと思ったんだ?」
妹「…ふぇっ!?」
妹「え、えーっと…」
妹「し、幸せになりたいからにゃ!」
兄「…今、幸せじゃないの?」
妹「…い、いまよりもっと幸せになりたいからにゃ!」
兄「そっか」
兄「そうだよな」
妹「…うん」
兄「だから昨日、幸せになる魔法を使おうとして…」
妹「そ、そうにゃ!」
妹「本当は、昨日で大願成就するはずだったにゃ!」
兄「そっか…」
妹「こ、こんどこそは成功させるにゃ!」
兄「まだやるんだ…」
妹「あ、あたりまえにゃっ」
妹「私は…この魔法を成功させないと…永遠に幸せになれないんだから…」
兄「えっ…?」
妹「あっ…」
兄「永遠…?」
兄「いったい、どういう…?」
妹「うー……」
妹「あー……」
兄「妹…?」
妹「……」
気まずい雰囲気。
妹は自ら墓穴を掘ったと証明するかのように、顔が青ざめている。
…どうやら、妹にも色々思うところがあるみたいだ。
ただ赤魔術とやらを習っているわけじゃないようだな…。
何か理由がありそうだ。
謝る or 聞き出す
兄「ごめん」
妹「…え?」
兄「答えにくい話題だったな」
兄「なんか俺、どうしても妹が心配でさ…」
兄「妹も、もう子供じゃないのに…自分の事ぐらい自分で決められるのに放って置けなくて」
兄「ついつい、色々聞いちゃって」
兄「悪い癖だからさ…そろそろ妹離れしないとだめだな、俺」
妹「そんなことっ」
妹「お兄ちゃんに心配してもらえるのが、嫌なわけないにゃ」
妹「心配させるような、私がだめにゃんよ…」
ポロリ。
妹の瞳から涙がこぼれた。
妹「あっ…やだ…」
妹「な、なんでにゃ…」
妹「すぐ泣いちゃって…わたし、だめだめ妹だよぅ…」
兄「そんなこと無い」
兄「こんなこと言われて嫌かも知れないけど…」
兄「妹は、俺にとっては、最高の妹だよ」
兄「だめだめ妹なんて、とんでもない」
妹「お兄ちゃん…」
妹「へへっ…」
妹「そんなことさらっといっちゃって…」
兄「駄目だったかな?」
妹「ずるいにゃ…」
兄「ごめん」
妹「うぅん…いいにゃ」
そう言って涙を指で軽く撫でた妹は、ニコッと笑顔を俺に向けてくれた。
きっと、無理してる。
でも、きれいな笑顔だな、と思う。
妹「昔から…私のこと、ちゃんと分かっててくれてるよね」
兄「え?」
妹「物心ついた頃から、お兄ちゃんとはしょっちゅうケンカしてるけど…」
妹「いつも謝ってくれるのは、お兄ちゃんだったにゃ」
兄「…そうだったかな」
妹「私はいつも、意地張ってばっかりで…」
兄「そんなこと無いよ」
兄「いままで何人もの人とケンカしてきたけどさ」
兄「妹が一番あやまりやすい」
妹「ふふっ。なにそれ」
兄「テレビ、食事、マンガ、お風呂、服、ゲーム、お年玉…」
妹「い、いきないり何?」
兄「ケンカの火種」
妹「えっ」
妹「そ、そういえば…思い当たる節が…」
兄「だろ?」
チャンネル争い。おかずの奪い合い。風呂の順番…。
ほとんどが不毛な争いだったけれど、でも…。
兄「なつかしいな」
兄「最近は、あんまりケンカとかしなくなったもんな…」
妹「そうだね…」
妹「…でも、いいことだよね?」
そうだ。
いっぱいケンカしてきたからこそ、今の俺と妹の関係がある。
今、仲の良い兄妹でいられているのも、きっとあの頃のおかげだ。
妹「うう…」
妹「なんか私、いままですっごくお兄ちゃんに甘えてきた気がするにゃ」
妹「思い出すケンカ、全部が全部、お兄ちゃんに謝らせてる…」
兄「甘やかしすぎた結果がこれか」
妹「むすっ」
兄「冗談。冗談」
兄「でも、別に俺は、妹を甘やかそうと思ってやってたわけじゃないぜ?」
そうだ。
ただ、妹のことを分かろうと努めていただけだ。
ケンカに正や非なんて、ほとんどない。
妹の立場になって考えてみたり、自分を客観的に見てみたら、謝りたくなっただけだ。
兄「…うん。ただ、自分の思う通りに、やってきただけだよ」
妹「…ばか」
兄「…ん?」
妹「…ううん、なんでもない」
妹「それよりさ…」
妹「…ひとつお願いしてもいい…かにゃ?」
兄「なんだいきなり」
兄「デーモンでも聞いてくれないお願いか?」
妹「にゃぅ…いじわる」
妹「…うぅん、でもやっぱり、お兄ちゃんじゃなきゃ駄目かな…」
兄「え?」
妹「デーモンじゃできないお願いだよ」
妹「…ねぇ」
妹「ぎゅっ、ってして欲しい」
言い終わると、妹は真っ赤になってうつむいた。
妹のこういうところ、すごく可愛いと思う。
いいよ or 条件がある兄「いいよ」
兄「こっちおいでよ」
妹「…うんっ!」
ぎゅっ…
妹の体温を全身に感じる。
これくらい、平気だって思ってた。
妹と触れ合うなんて、それこそ妹が生まれたときから、よくあった事だったから。
…でも、こんなにドキドキして
こんなにも胸が痛くなるなんて、全然予想してなかった。
さっき妹の肩を掴んだ時だって、こんなにもドキドキしなかった。
妹「あっ…」
兄「えっ…駄目だった?」
妹「う、ううん…」
妹「ちょっと、驚いちゃって…」
兄「あのさ…」
兄「…いろんな事さ、話したくなったら話してくれていいし」
兄「無理に話さなくていいよ」
兄「俺、見守ってるだけでも十分だし」
妹「…ありがと」
そういうと、妹は目を閉じて、頭を俺の胸に預けた。
それまで固まっていた妹の身体が、スッと緩んでいくのが分かる。
それが、ちょっとうれしい。
なんだか、うれしさの行き場が無くて、思わずネコミミのはえた頭を撫でる。
妹「にゃっ…」
ひと撫で毎に願い事をするように、ゆっくりと撫でた。
妹の髪の毛の匂いが、撫でるたびに俺の鼻腔まで運ばれてくる。
あのシャンプーの匂いだ、って、家族だから分かるけれど、ひと嗅ぎする毎にドキドキが増える。
この時間が永遠に続かないかな、なんてべたな言葉が頭に浮かんだけれど、カットの声は意外と早くかかった。
妹「はずかしいぃ…」
兄「あ、ごめん」
妹の言葉がスイッチとなって、つい身体をグイッと引き離してしまった。
妹「あっ…」
顔を真っ赤にしてる妹。
こういう時だけ、すごくしおらしい。
それが、可愛い。
もう一度、すぐにでも抱きしめたい。
でも、口実がない。
我慢する or 告白する 勢いでこのまま、もう一度抱きしめてしまいたい。
でも、心のどこかで鳴っている警鐘が、俺を引き止める。
勢いで非日常的な距離感に飛び込むのはよくない。
妹が大事だから、もうちょっと冷静になりたい。
兄「どうだった?」
兄「こんなのでよかった?」
妹「うん…」
身体を離すと、残っている妹の温もりが、徐々に外気がさらっていく。
その事がすごく悲しいと感じるのと同時に、俺は、あることを強烈に自覚していた。
やっぱり俺は、妹の事が、どうしようもなく、
…好きなのだ。
妹「お兄ちゃん」
妹「ありがと…」
とりあえず今のところは、妹の笑顔で満足しておくことにした。
さっきの気持ちは、そっと心の奥にしまっておこう。
今まで築いてきた妹と俺の関係に、急激な波をたたせたくないのだ。
兄「…不思議だな」
兄「こんなんで感謝されるなんて」
妹「…お兄ちゃんは魔法使いだにゃ」
兄「魔法使いなのは、妹だろ?」
妹「…うぅん」
妹「お兄ちゃんは、いつも私に魔法をかけてくれるにゃ」
妹「…いまはね、勇気を出す魔法をかけてくれた」
兄「勇気?」
妹「じゃあ…はじめようかにゃ」
妹は俺の疑問に答えない。
俺も、それ以上聞こうと思わないことにした。
兄「お、おう…」
妹は部屋のカーテンを閉め始めた。
兄「どうして閉める必要があるんだ?」
妹「デーモンは、太陽の光を嫌うんだにゃ」
兄「へぇー」
妹「じゃあ、蛍光灯を消すにゃ」
兄「う、うん…」
カチリ。
電気が消える。
カーテンが遮光性になっているので、部屋は暗闇になった。
妹の存在が、輪郭すら見えない。
…たしか、写真部の部室にあった暗室が、これくらいの暗さだった。
兄「…部屋を改造したな?」
妹「てへへ」
兄「カーテンを閉めるだけで、完全に暗闇の空間にするなんて」
兄「すごい情熱だな」
妹「…じゃあ、はじめるにゃ」
俺の質問には答えないで、さっそくモゾモゾ動き出した。
シュル。
高い音が暗闇に響く。
シュ…シュルシュル…。
普段は意識しないけれど、よく聞く音だ。
兄「えっ…もしかして…」
兄「今、服脱いでるのか!?」
妹「へへへ…」
妹「ばれたかにゃ」
兄「なんでっ!?」
妹「デーモンを呼ぶ時は、絶対に生まれた時の姿じゃなきゃ駄目なのにゃ」
妹「じゃないとデーモンはやってこないにゃ」
勇気って…この事だったのか?
兄「そ、それを早く言えっ!」
兄「お、俺…部屋からでるっ!」
妹「まって!」
妹「ごめん…嫌かもしれないけど」
妹「そこにいて…」
兄「……」
兄「…わかった」
下心からじゃない保障はないけれど、妹が切実な声を出していたから、留まった。
俺はただ、見守るだけにしよう。
さっき、妹にそう言ったばかりじゃないか。
妹を信頼しないで、どうする。
妹の信頼に応えないで、どうする。
兄「…ここにいるよ」
妹「ありがとう」
視界は閉ざされているが、妹のニコリと笑っている表情が目に浮かんだ。
…。
……。
…衣擦れの高い音が鳴り止んで、いくらかの時間が経った後、
妹が小声でモゴモゴと何かをしゃべり出した。
儀式が始まったのだ。
妹の言葉はよく聞き取れない。
おそらく、デーモン召還の呪文なのだろう。
二分ほどしてから、詠唱は同じフレーズの繰り返しになった。
妹「ツーイスンュキドウュジアリ」
妹「ツーイスンュキドウュジアリ……」
妹がこのフレーズを50は繰り返したと思った頃、急に俺の身体に変化が訪れた。
目を回した時の、気持ち悪い感覚が俺を襲った。
ただ、不思議と身体はふらつかない。
妹に大丈夫か、と声をかけたかったが、詠唱の邪魔はできないと思いとどめた。
妹「ツーイスンュキドウュジアリ」
妹「ツーイスンュキドウュジアリ」
妹「ツーイスンュキ……」
妹「ツー……」
妹「……」
妹「……」
……。
…。
気付けば、何も聞こえなくなっていた。
ただ音がしないだけ?
それとも俺の耳がおかしくなった?
妹を呼ぶ or 妹を待つ兄「妹ぉおぉおおっ!!」
…。
……。
返事が無い。
自分自身の声は聞こえる…が、叫んだはずなのに、あまり音圧が感じられない。
兄「どうしたんだ、妹っ!!」
やはり返事はなかった。
兄「妹ぉぉおおおっ!」
妹の元に駆け寄ろうとする。
しかし、意識だけが駆けていて、身体が駆けている感触がしない。
…というか、全身の触覚が全く無い。
兄「どう…なってんだ…?」
間違いない。
ここは現実には無い異空間だ。
叫び声に音圧がないのは、反響が少ない空間のせいか…?
だが、そんなこと本当にありえるのだろうか。
兄「妹っ!平気なのか!?」
兄「頼む、頼むから、返事をしてくれっ!」
声はむなしく暗闇に消える。
触覚はなかったが、焦りで胃がむせ返る痛さだけは俺を苛んでくる。
…そういえば妹は、こんな事を言っていた。
妹「術に失敗したり、術を悪い事につかったら、悪いことが起きるっていうのは書かれてるんだけど…」
兄「もしかして失敗したのか!?」
兄「こんなわけの分からない現象が起きるくらい、リスクが高いのか!?」
兄「勇気って…本当はこのリスクと戦うことだったのか!?」
兄「妹ぉぉっ!!」
兄「こたえてくれぇえええっ!」
こんな事になるくらいだったら、やめさせた。いや、どうしてやめさせなかった。なんで。なぜ。
後悔と不安とが混ざって、感情がグチャグチャになる。
兄「いもうとっ妹っ妹ぉぉぉ!!」
兄「いもうと……」
「…お兄ちゃん」
兄「妹っ!」
兄「どこだっ、どこにいるっ!?」
兄「無事なのか!?」
「…だめっにげてっ」
兄「にげて…って、できるわけないだろ!」
兄「どこにいるんだっ!」
…。
……。
…返事が返ってこない。
刹那の安堵が、逆に不安を高め、俺の焦りは一気に加速した。
兄「いもうとぉぉおおおおおぉぉぉお!!」
…。
……。
「おにい、ちゃん」
兄「妹!?」
「こっちに、きて」
行く or 行かない兄「こっち?」
兄「こっちって!?」
「こっち、だよ」
正面から聞こえた気がした。
感覚のない脚を動かして、意識を正面に向けた。
妹「ばぁっ!」
兄「うぉっ!?」
妹「あはははははははっ!」
兄「な、ななっ!?」
兄「…もしかして、冗談だったのか!?」
妹「あはっ、あははははっ」
兄「わ、悪い冗談だっ、しんぱいっしたんだぞ…っ!」
兄「本気で……本気で心配…」
妹「あはっあはは…ひひひいいひっ」
兄「本気で…」
妹「ぷふふふふっふうっううっ」
兄「……何だよこれ」
兄「どうしたんだよ!?」
兄「なぁ!?」
兄「妹っ!!」
妹「ぷふーーっ」
兄「…っ!」
妹「ふふっ…残念。妹じゃないよ」
兄「は…?」
妹「こんにちは。ネコミミです」
兄「ネコミミ……?」
兄「何言ってんだ…意味分かんな…」
妹「分かってるでしょ?」
妹「私はネコミミ」
妹「さっき、妹のスピリッツを完全に乗っ取ってやったわ」
…嫌な想像が、頭をよぎる。
信じない or 信じる
兄「嘘だっ!!!!」
兄「妹…悪い冗談はよせ」
兄「夕飯作ってやるから…お前の好きなパスタにしよう」
兄「…だから、もうこんなの、やめよう!」
妹「ぷふっふふふふ」
妹「ふふふふっ」
妹「本当に楽しいねぇ」
兄「…」
兄「俺は、妹を信じてるんだ」
妹「…じゃあ勝手にしなよ」
…怒りがこみ上げてくる。
信じているはずの存在に、苛立っている。
兄「クソッ!」
妹「ふふははっ」
妹「見てて楽しいから、ちょっと解説してあげる」
兄「……やめろ」
妹「私はね、デビルの眷属なのさ」
妹「妹が力を貸して欲しいっていうから、貸してあげた」
妹「その代償として、スピリットをいただいたのさ」
兄「…スピリット?」
妹「魂さね」
兄「…っ!?」
妹「あんたも、今はスピリットだけの存在」
妹「身体の感覚がないだろ?」
兄「妹が力を貸して欲しいって」
兄「妹がデビルのお前に頼むわけないだろ!?」
妹「…それが、頼んだのさ」
兄「……え?」
兄「どういうことだ?」
妹「ふふっ」
妹「ふはっははっ」
妹「おめでたいね、ほんと」
兄「…なんだと」
今すぐ殴りかかってやりたい。
全身を縛られて罵られている気分だ。
兄「くっ…」
妹「…いいよ」
妹「もっと絶望してほしいからね、教えてあげるよ」
妹「あいつが昨晩行った儀式で願ったのは…」
妹「お兄ちゃんと相思相愛になる」
兄「…っ!?」
妹が…俺を…?
信じられない。
兄「嘘だ」
兄「そんな…ありえない」
兄「だって、あいつは…」
…兄妹がそんな関係になってはいけないと知っているはずだ。
だから、そんな事願うはずない。
妹「わらっちゃうよね」
妹「そんな卑しい願い事で、デーモンが来るはず無いのに」
妹「デーモンのふりして願い聞いてやったら」
妹「そりゃもう喜んだのなんの」
妹「ぷふっ」
妹「ふふふふふっ!」
兄「違う!」
兄「…卑しい願いなもんか」
兄「人と想いを一つにしたいと願うことの、何処が卑しいんだ!」
妹「あら…」
妹「お兄さんまで自覚が無いんだねぇ」
兄「自覚…?」
妹「ほんっっっとに、面白い兄妹だよ。あんたらは」
妹「…でも、自分達が兄妹っていう自覚…あんの?」
兄「…っ!?」
妹「デビルはねぇ」
妹「兄妹が大好きなんだよ」
兄「……?」
妹「それが、デーモンの奴らときたら、弟姉好きでいやがる…」
妹「あーーっ、もう姉とかあり得ないだろ常識的に考えて!」
…え? or 姉弟最高だろが兄「……え?」
妹「お兄ちゃんの良さが分からないとか、意味わかんない!」
妹「弟のいいところとかもうさっぱり!一生年下でいいわけ!?」
妹「年下の男といちゃいちゃ出来るかっつーの!」
妹「やっぱ大人なお兄ちゃんに甘えてしかるべきっしょー!!」
兄「……」
妹「……分かった?」
分かるはずも無い。
兄「えっと…」
妹「…兄妹のすばらしさ」
妹「わかった?」
兄「…あなたの頭がおかしいって事は」
妹「…あ、そう」
兄「……。」
妹「じゃあ、もう行こうかな」
妹「なんか冷静になっちゃったみたいだし。…飽きた」
兄「…一つだけ聞かせてくれ」
兄「妹の願いは叶ったのか?」
妹「…はぁ?」
妹「叶ったから私が出てきたんだけど?」
妹「お前のその妹に対する気持ちはね」
妹「私が操作したからさ」
兄「…違う」
妹「違うもんか。」
妹「いーや、違う証拠なんかありやしないよ」
兄「…俺は、ずっと、ずっと昔から、妹の事を愛してる」
妹「ぷっ」
妹「よくもまぁそんな臭い台詞をぬけぬけと」
妹「その記憶、その想いも、私が作ったんだとは思わないのかい?」
兄「思わない」
妹「…その態度、癪に触るね」
妹「人が苦労してあんたの心をいじったってのに」
兄「…いや」
兄「もう、わかった」
兄「納得がいったよ」
妹「…は?」
兄「何を言っても無駄だよ」
兄「俺はもう、決めたんだ」
…そういってから俺は、妹に口付けをした。
妹「……っ!?」
好きだ or さよなら兄「妹…好きだ」
漆黒の空間が、白に染まっていく。
目の前には、ネコミミの無い妹。
「この白の力は…デーモンッ!?」
「なぜだ…っ」
「なぜデーモンがこいつらに手を貸す…っ」
「こいつらは兄妹で愛し合っているんだぞ…?」
「清らかな心などではないはずだ」
「それに…貴様らデーモンの大嫌いな兄妹っ…!」
兄「兄妹で愛し合っている事が、清らかではない理由にはならないと思うよ」
兄「…でも、それ以上に」
兄「…ネコミミ」
兄「お前は一つ、大切な事に気付いていなかった」
兄「妹には、ずっと隠していたけれど…」
兄「俺たち、義兄妹なんだ」
兄「実の子供がいない父さんと母さんに、俺たちは拾われたんだ」
兄「…妹は、俺たち兄妹が、父さん母さんの本当の子供だと思ってるみたいだけどな」
そう。
妹は俺と血が繋がっていると信じきっていた。
実の兄である俺と結ばれるために、赤魔術を習得するほど、信じていた。
「……そうか」
「妹にネコミミとして寄生し、妹の意識だけで判断していたのが、そもそもの間違いだったか…」
「たしかに義兄妹なら、デーモンの守備範囲でもある」
「お前らを餌にして、私はまんまとデーモンどもにおびき出されたというわけか…」
「しかも、仲間に気付かれぬ、この空間で…」
兄「そういうことだな」
「…まてよ」
「義兄妹だった…のではなく…義兄妹に『した』のか…?」
兄「何っ…?」
妹は「この魔法を成功させないと、永遠に幸せになれない」と言った。
「この魔法」とは…
兄「妹の本当の願いは、血のつながりを無くしたい…だったんじゃないのか!?」
「そんなこと…私には願ってない…」
「だが…デーモンには…願っていた…かもしれない…」
「…だとしたら、本当に…わたし…は…はめられた…ことになるな…」
デーモンが黒幕ならば、俺たち兄妹を義兄妹にしたばかりでなく、俺や俺の両親の記憶を書き換えてまで、このネコミミを排除したかった事になる。
兄「……」
兄「ごめん」
「…いいさ」
「ちょっと…ひと…に…なる…のもたのし…かった…」
「おに…ち…ん…」
兄「…ネコミミ」
兄「俺も、ちょっと楽しかった」
ネコミミの気配が消えると同時に、空間が完全に白に変わりきった。
俺と妹は、その白に、少しずつ飲まれていった。
…不思議と気持ちがいい。
兄「…妹」
兄「帰ろう」
妹「うん」
妹「お兄ちゃん」
夢をみている or 夢をみたくない …長い夢を見ているような気がする。
「……ぃちゃ…」
あぁ、いつもの、あの声が聞こえる。
「……に…ちゃん」
…もう…いやだ…。
「…きて…ねぇ、おきて…」
「…ねぇ!」
妹「お兄ちゃん、起きてったら!!」
兄「うぉっ!!!!」
兄「なななななななんんだぁぁ!」
兄「何がおこったぁぁぁ!!!」
妹「ねぇ、大変!大変なんだって!」
兄「…何が大変なんだっ!」
妹「私の顔見て!」
見ない or 見る
兄「…見たくない」
妹「…なんでよ」
兄「なんだか、面倒な事になりそうだから」
妹「なにそれ」
兄「 そんな気がする」
俺は二度寝の体制に入って、妹の顔を意地でも見ないことに決めた。
兄「ずっと、嫌な夢を見てたんだよ」
兄「…もう一度寝なおして、いい夢を見ます」
妹「…ねぇ」
布団にくるまっている俺に、妹がユサユサしてくる。
妹「ねぇったら」
兄「……」
妹「……」
兄「……」
妹「…ほんとに寝ちゃったの?」
兄「……」
妹「…ちぇっ」
妹「せっかくお化粧したのに…」
…え?
…化粧?
兄「どういうことだぁっ!?」
兄「ネコミミは!?」
はえていない。
…どういうことだ?
これは、夢の続きじゃないのか?
妹「ネコミミ…?」
妹「…あたま大丈夫?」
目の前にいる妹は、いつと変わりない妹。
いや、唇やまぶたがほのかに赤くて、いつもより色っぽい。
どうやら、化粧の効果らしい。
兄「…あれ」
兄「なんだったっけな…」
ずいぶんと長い間夢を見ていた気がするんだけれど、『夢を見ていた』という事意外に、思い出せることが無い。
夢にネコミミが出てきた……ような気がする。
どうも思い出せない。
思い出せない夢を思い出そうとすると、どうも気持ちが悪い。
妹「変なお兄ちゃん」
ネコミミ…?
なんでネコミミ…?
思い出せない。
妹「…もしかして、浮気?」
いかん。眉間にしわをよせだした。
もう、夢の事は忘れよう。
兄「そんなわけ無いだろ」
兄「妹は最高の恋人だよ」
お互い、赤ん坊の頃に拾われ、今の両親のもとで育てられてきた。
そして、長年兄妹として暮らしてきた。
…でも、いつの間にか愛し合っていた。
妹「むぅ」
妹「いまいち信用できないよ」
妹「だって、私のお化粧、何にも言ってくれないし」
兄「…あ、あぁ。ごめん」
兄「きれいになった思う」
夢みたいだな。
好きな人が、当然のようにそばにいる。
誰もが望んでいるけれど、誰もが手に入れる事はできない。
…そうだ。
奇跡に近い時間を、今過ごしているのだ。
兄「…でも、ちょっと化粧するには早いんじゃないか?」
妹「いいのっ」
妹「…もう、お兄ちゃんってば、女心わってないんだから」
妹「ちょっとは、お兄ちゃんに相応しい妹になろうと努力してるんだからね」
兄「何言ってんだよ…」
兄「相応しいとか、そういう問題じゃないだろ…」
妹「そうかなぁ」
兄「そうだよ」
こんなやりとりに、すごく幸せを感じる。
妹「えへへ…」
妹「…なんだかさ、お兄ちゃんと付き合ったばっかりの頃を思い出すよ」
兄「というと?」
妹「…ほら、ネコミミ」
兄「あぁ、そういえば、ネコミミがきっかけだったな」
妹「ネコミミがさ…あれ?」
兄「どうした?」
妹「うーん…」
妹「なんだっけ」
兄「ばかっ」
兄「付き合ったきっかけを忘れる馬鹿がいるか」
妹「だってぇ」
兄「あれはネコミミが……」
兄「あれっ?」
妹「…ほらぁ、お兄ちゃんもじゃない」
兄「…ごめん」
妹「もぅ、いいよ。今幸せだし」
兄「…それもそうか」
忘れた。…ただ、ネコミミって事は覚えてる。
奇妙な話だけど、しょうがない。
不思議と、しょうがないなーって気分にさせられる。
…だって、今が幸せなのだから。
今を幸せに暮らすことで、過去に報いる事ができるのだから。
妹「ふふっ。おにーいちゃん」
妹「だいすきだよ」
そっと寄り添って、自然と口付けを交わす。
今日もまた、夢のように幸せな一日が始まるのだ。
END
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