バスの中、とある女性に会った。
…いや、「会った」という表現は正しくないかもしれない。向こうは自分に気づいていたかどうか知らないが、お互い一言も交さなかったのだから。
知ってか知らずか、彼女は僕の目の前の席に座った。かく言う僕は、彼女が座る直前になって、その存在に気づいた。
なにしろ、僕は横山光輝の殷周伝説を読んでいたから、気づくのが遅くなった。こんな漫画バスの中で読んで無ければ、乗車口で彼女に気づくことも出来たろう。しかし、現実はどうしようもない。
彼女が「相変わらず変な本読んでるよ…」とか思って、目を反らして、気づかないフリをしていたらどうしよう…。とか、いろんな思いが頭をよぎる。
よりにもよってその日は服装も適当で、適当に選んだパーカーに適当に選んだパンツだった。色んな恥ずかしい思いが、思考を駆け巡って、頭から蒸気が上がるような気さえした。気を逸らそうと携帯を開けても、動揺は収まらないので画面を直視できない。
『この際、声を掛けた方がいいのかな?』と思ったが、彼女にこんな辺鄙な自分を見せたくない思いが、それにまさった。彼女が僕に気づいていないという、一縷の望みに賭けたのだ。
…中学時代と違って、こんなにデブって、心身共にたるんでだらしない、俺の姿を彼女に見せたくなかった。
思い起こせば、恥ずかしい事ばかり浮かんでくる。
中学時代、彼女は仲の良い同級生の1人だった。
最も仲の良かった時期は、中学2年の頃。あーていうかホント恥ずかしいよー嫌だー。
この辺でやめとこう。うん。無理。
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