白湯のはずかし伝説。
いつ消すかワカラナイ。
ちょっと、小話っぽく。ね。
今でも時々思い出す。
高校1年の時、ホントに好きな娘が居た。
でも、自分から好きになった人とは上手く結ばれないものらしい。
彼女も例外ではなかった。
夏。
当時、放送部の関係で出場していた大会で、僕は「朗読部門」に参加していた。
元々、演劇関係に興味があったので一生懸命練習したけれど、結果は予選落ち。
来年こそはと意気込んだところ、顧問の先生に
「今度、全国出場する人の練習会があるんだけど、一緒に行ってみる?」
と誘われた。
朗読の右も左も分からない自分だっただけに、今後の参考にと思って練習会を見学してみる事にした。
東白楽という場所にあるカッチョエェ高校で、練習会は行われた。
朗読部門5人と、アナウンス部門5人の全国出場者達が、順番に自分の原稿を読み上げてはダメだしをくらっていた。
ただそれだけの繰り返しだったけれど、僕にとっては至極新鮮で、時々鳥肌が立った。だって、今まで自分がやってきた朗読とは、全く次元が違ったから。
どの人も凄く上手かったけれど、僕はアナウンス部門で出場する、一人の女の子に興味を持った。
その娘は僕と同い年なのにも関わらず、全国出場を果たした、いわばアナウンス会のホープだった。
一年生での出場者はアナウンス部門にもう一人いたが、僕は断然、その娘を応援した。
だって、すごくかわいかったから。
もう一人の娘は、かわいいというより綺麗な感じ。2人とも女性としての魅力に満ちていたけれど、僕はかわいい方に惹かれた。
かわいいその娘は、凄く細身で、背が150センチ半ばくらいで小柄。目がくりくりしててとっても大きく、それが印象的だった。加えて声が高かったので、かわいさを引き立てていた。
学校の制服だろう、白いセーラー服がとっても似合う娘だな。と僕は思った。
ともあれ、流石に女の子だけを見ていたわけではない。
印象に残るダメだしや、気がついた点は逐一メモをしたりで、真剣に見学していた。
「そこの君は?」
休憩タイムに、僕に声をかけてきた人がいた。
その人は、ずっとダメ出しの中心となっていた男性だった。
他校の先生方も、この男性を一目置いているらしく、練習会は半ばこの人の言動が絶対的な感じに締められていた。
といっても、その言葉はどれも的を射てるんだけど。
「ちょっと、読んでみなよ。」
うちの顧問の生徒だとわかると、ヒマツブシのつもりだろうか、その男性(後で知るが、Aさんという)に前に出て朗読するよう言われる。
恥ずかしかったけれど、精一杯読む。
確か、宮城谷昌光の「史記の風景」だったのを覚えてる。
「ひどいね~。」
「そ、そんなにひどいっすか…」
正直、ショックだった。今まで面と向かってこんな事をいってくれる人が、居なかったから。
「多分、50音のうち3分の2以上、正確に発音できてない。それと、声に無駄に気合入りすぎ。発声練習じゃないんだから。」
あぁ、全然ダメじゃないか。
今まで全国レベルの人たちの前だという事も相まって、僕は顔から火が出るような思いがした。
「でもね…声は、いいよ。」
Aさんにいくつもダメだしをされたが、最後はお褒めの言葉で終わった。
もちろん、「これはあまり褒めてもいいものじゃないんだけどね」と付け足されたが。
何のいたずらか。
僕は週に1回開かれるという、東白楽のカッチョエェ高校での定期練習会に、参加する事になった。
その練習会はAさんが先生となって、朗読やアナウンス等の大会に向けた練習をするらしい。
しかも、参加する生徒は、そのカッチョエェ高校の放送部の人だけと言うから、つまり僕は特別待遇だ。
さらに。Aさんは実は現役バリバリのアナウンサーで、3時間の講習ならウン万円はくだらないらしい。(先生から依頼されて、ゴミみたいなお金で毎週来てるみたいだけど、要するに善意のボランティアみたい。)
Aさんは、この頃の僕の倫理観や、芸術的視点において、多大な影響を与えてくれた人だ。
…というと仰々しいけれど、まぁともかくAさんは心の師匠なんだな。
「じゃあ、夏休みおわったら連絡頂戴」
と言われ、夏休み中の宿題も貰い、2学期からの練習会の参加を約束した。
ちなみに、夏休みの宿題は「毎日2時間以上の発声練習、新聞の音読…etc」だった。
講習会の帰り道。
横浜方面に向かうのは、僕と、例の気になった女の子だけとなった。
その娘の名前は「まりん」と言った。
冗談みたいだけれど、ほんとは漢字だけれど、僕の心の琴線に刺さりまくる名前だった。
2人きりの電車の中、20分以上会話を交わした。
「へぇ、T崎に住んでるんだ。」
「お父さんが海が好きでね。」
「そっか、だから名前がまりんなんだ。」
「…うん。海の目の前に家があってね、いつでも泳ぎにいけるんだよ。」
どうってことない内容の会話だったけれど、僕は、彼女の一挙一動にドキドキした。
彼女の見せる表情のちょっとした変化で、胸が高鳴った。
『落ち着け』と心に言い聞かせつつ、必死に言葉を選んで、会話を繋げる。
心の動揺を上手く隠せているか終始不安な、長い20分だった。
やがて、僕が降りる駅に着いた。
「じゃ、全国大会、がんばってね。応援しにいくから。」
「ありがと。」
電車のドアが閉まり、僕は立ち止まっているのも変かなと思い、出口に向かいながら彼女に手を振った。
動き出した電車の中で、彼女は手を振らなかったが、少し微笑んでくれたような気がした。
それからというもの、僕は彼女に夢中になった。
夏休みの間、僕はやっきになってAさんの宿題以上に練習した。
彼女と僕とでは実力に雲泥の差があった。
それを少しでも縮めたい一心で、必死になったのだ。
喉が張り裂けるぐらいまで声を出しつづけたこともあった。
思うように声が出ないときは、はきそうになるほど口をゆすいだりもした。
毎日のように、新聞全面、広告を含めて、全て声に出して読んだ。
どれもこれも、偶然出会った少女、まりんに認めてもらいたかったから。
上手くなろうとかいう向上心以前の、もっと原始的な、単純な理由だった。
まりんの事が好きだったからだ。
…くすぐったくなるような文面が続いたけれど、振り返ってみれば、ほんとうに馬鹿な高校生だったと思う。
夏休みも空け、定期練習会に毎週参加し、僕もそれなりに周囲から認められるようになった。
気がつくと、もう、年が明けていた。
あれから、まりんとは大会等で顔を合わせてはいたが、2,3言葉を交わすだけに留まっていて、「連絡先教えて」とか「メルアドは?」とか聞く余裕が無かった。
いつも会って肝心なことが言えない自分に、さんざ嫌気が差したものだけれど、そんな僕に朗報が舞い込んできた。
「まりんちゃんね、来週から練習会に参加するって。」
と新学期早々、顧問の先生が言った。
聞いたとたん、僕は踊った。
心が。
下校時。
夢中で自転車をこいで、畑を突っ切る道に入ったら、誰もいないのを確かめて
「よっしゃーーーー!!!」
と、叫んだ。
VIP待遇で他校から練習会に来ているのは、僕と、まりんの二人になった。
これは、僕が二年になっても、三年になっても変わらなかった。
もちろん、帰り道はたいてい二人きりだった。
電車の中の約20分間が、僕の毎週の楽しみになった。
…で、何かあったかというと。
そんな事が、引退直前まで1年ちょっと続くわけだけれど。
彼女は、僕に気は全く無いみたいなので、潔く諦めた。
会うたびに
『やっぱかわいいな…』
とか思ったけれど。
諦めました。
今でも、意味が分からないほど疾走しつづけたあの日々を思うと、涙が出たり、恥ずかしくなったり、叫びたくなったりする。
大小合わせて様々な事があったけれど、あんなにドラマティックな事だらけだったのは、きっと後にも先にも高校3年間をおいて、他にあるまい。
なんて。
ナイーブだから、ばばばっと勢いで。
はやいとこ消さないと、これもまた嫌な思い出になってしまゥ…。
だいたい実話ですけど、プライバシーは少し守ってます。
PR